質問責任
月曜日から快晴が続いています。いつの間にか梅雨が明けていたのですね。ちょっと外に出るだけで、汗が噴き出してくる猛烈な暑さです。午前中は部屋に籠ってコーディング。実に先週の金曜日以来です。午後は、ジムへ。涼しい室内でいつものように走れるので助かります。
社会に出てからずっと感じてきたことですが、「分かりません」「知りませんでした」と自信を持って言い切る人たちが非常に多いように観察されます。言い換えると、”意識的に無知であり続けようとする人たち”です。自分が分からないこと知る(無知の知)、とはちょっと違っていて、「こんなこと習ってません」「こんな言い回しじゃ伝わらないよ」と切り返す際に、(よしこれで優位に立てた!とばかりに)自信に満ちていることが特徴です。
マスコミが最たる例で「国民への説明が足りないと感じます」などという定型句が何の恥じらいもなく当たり前のように繰り返されています。どこの説明がどういう風に足りていなくて、何が理解できないのか、という説明がなされているのを見たことがありません(個人のブログやメールマガジンの方が、よほど優れた洞察を行っています)。「説明責任」ならぬ「質問責任」という言葉を作ったら良い影響が出るでしょうか。
学校の定期テストで範囲外の知識が出題されると、その分の採点が無効になって全員の得点がアップする、という極めてゲーム的なというか子ども向けのルールを大人たちが律儀に引き継いでいるような気がします。
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