読書の記録『明恵夢を生きる』

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読書の記録


明恵夢を生きる

河合隼雄, , 2011-04-04, ***--

夢の持つ意味を夢を見た人が確実に把握しないと、その夢が何度も繰り返されるものだが、英俊の歯の抜ける夢の繰り返しは、そのような類のものであると思われる。
われわれ日本の男性は、母なるものとの結びつきがあまりにも強いので、少しの間でも若い女性との関係を結ぼうとすると、母なるものの強い妨害を受けることになるのである。日本の男性は従って、結婚しても相手の女性を妻としてではなく、「お母ちゃん:にしてしまうことが多い。
自然科学の成果があまりにも強力であったので、現代人はそのような意識こそ、唯一の正しい意識であり、それによって把握される現実こそ真の現実、唯一の現実と過信するようになった。
一日の間に到着せねばならない目的地があるとして、一人は苦しみに耐え杖に頼ってでも歩き続けた。他の一人はあまりに苦しいので、ある石の上で一休みした。石の上に寝転がって空を見ると雲が風のまにまに走っていて、そのうち自分の寝ている石が飛んでいくような錯覚に陥る。それで大変嬉しくなって、いろいろと空想をめぐらし、もう目的地に着いたか知らんと思って身を起こしてみると、まったく以前のままである。その間に歩いていた人はもう目的地に着いたのに、自分はまだまだ遠くに居ると今更後悔してもはじまらない。
何かを失うことは、実は他のものを手に入れる前提なのだ、というのは夢に生じてくる大切なテーマの一つであるが、明恵もそのことを想ったに違いない。
人間にとって可能なことは、自分にとって「これだ」と思うことに全存在を賭けてコミットすると同時に、その選択に伴って失うものー選択に伴う影の側面ーについて十分意識することではなかろうか。